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大地震

既に1週間前の話。。。

3月11日金曜日は、私はのんびりと午後出社。都内のビルの11階で仕事をしていた時に、地震が襲った。
揺れ初めた時は、「あ、地震!」と思い、窓から外を眺めていたが、だんだん揺れが激しくなり、立つのも厳しくなって、机の下に潜り込んだ。
職場のあるビルは、免震構造なので安心していたが、いわゆる長周期震動が職場を襲った。

妻に連絡をしようとしたが、携帯電話も携帯メールも通じず、ようやくPCメールでのみ連絡が取れた。移動後は、Facebookのみだけで連絡可能で、かつ、情報収集は、Twitterが活躍。
クラウドの堅牢性のありがたさを感じる結果となった。

この日の職場は、K畑さん、K崎さんは休み、S野さんは早退と、人は少なかった。
自宅が近いI橋さん、K川さん、T戸さんは、徒歩で帰宅。
JRが早々に当日の復旧を諦めたので、神奈川在住のK山さんと私は、当日の帰宅は諦め、職場に泊まることを決めた。
(後日考えると、当日のJRの対応には疑問を感じる。。。)

エレベーターは停止したので、11階から階段で降りて、買い出しに行くが、ビル内のコンビニは大混雑。しょうがなく、近所のコンビニまで行き、残り少ない食材(パスタ)をゲットし、ビル内のアイリッシュパブでギネスを飲んだ。(おいおい。)

職場のテレビには、数々の現場の映像が飛び込んでくる。
まるで映画のシーンのように、津波に襲われる街。全てが破壊され、燃える街。
未曾有の災害であることを、否応が無く認識させられる。

職場の人に、仙台のビルは、1階が浸水し、壊滅的な状態であることを聞いて落胆し、メンバーは避難して全員無事と聞き、安心する。

夜は、職場の床に「ぷちぷちシート」(エアクッションシート)を敷いて、配られたアルミシートと上着をかぶって寝た。

翌朝5時に、K山さんに、「京急が動いているから帰ろう」と声をかけられたので、京急新馬場まで歩いて乗車し、こと無く帰宅した。


後日、街からは、ガソリン、米、カップヌードル、水、パン、電池、ラジオ、懐中電灯が跡形も無く消えた。
原子力発電所で燃料棒が露出したと聞いた時は、家族&犬共々、四国の実家に避難しようと思ったが、とりあえず思いとどまる。
週明けには、計画停電が実施され、通勤の電車は乱れまくり、混雑の日々。


みんな計画停電で、ドタバタしているのに、都心に来ると、照明は明るく、店も通常営業していることに違和感を感じていたら、今日は「都心部の大規模停電の恐れあり」とのことで、ぎゅうぎゅう電車で帰宅する。


被災地の無事と復旧を願い、救助/復旧作業をしている方、福島第1原発で命がけで復旧している方に感謝しつつ、この混乱した生活を受け止めようと、腹をくくった今日この頃です。


電気は大切にね。。。

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